五輪ライブが見れない台湾の午後、ネットラジオから流れた「いちご白書をもう一度」

フリーズして、フラッシュバック

いつか君といった 映画がまたくる

授業を抜け出して 二人で出かけた~♬

台湾ではテレビで、ほとんどライブで五輪番組が編成されていません。

暇を持て余し、ネット経由で、FMかつしかをよく聞いいていたら、突然流れた「いちご白書をもう一度」で神経がフリーズ、一拍おいてフラッシュバックしました、学生時代に。。

もしこれが、夜で、アルコールが入っていたら、涙が止まらなかったでしょう。

うちの学校では、その頃行くのは、ほとんどが、今は無き、渋谷東急文化会館にあった東急名画座が一般的でした。

そこは、新宿や池袋、高田馬場の三番館にあるようなうらびれたちいさな劇場ではなく、ほとんど一番館レベルの広さと空間、それと東急ならではの落ち着きが在りましたした。

東急渋谷駅改札口から直接宮益坂にそったシェルター型の歩道橋が伸びており、その出口の手前の右の入り口が文化会館の二階か三階のエレベーターホールとエスカレータの乗り場で、そこを勇躍上がっていくと6階にあったのが名画座で、洋画系をおもにプログラムしてました。

栄光ルマン、華麗なる賭け、女狐、ジブラルタルの追想、ビバマリア、うたかたの恋、シェルブールの雨傘、昼顔、ラマンチャの男、ひまわり、卒業。。

ヘプバーンを見たのもここでしたし、ベン・ハーなどのハリウッド大作もやっていたのですね。

そこに、あこがれの学友(女子学生)と行ったのですから、結構舞い上がっていた筈です。

今にして思えば、投稿文頭の詩の通りの心境で、今それを聞くと限りなく、切なく、そして懐かしく、色々の学友の顔がフラッシュバックし、普段の時事ブログにはてがつきません。

フラッシュバックした衝動で一気にキーボードを打ち込んでいます。

特別に映画青年では無かったのですが、映画は好きでした。

土曜日の夜は、しばしば先輩と、渋谷東映のオールナイトで、「高倉健さん」ものです。

卒業後もその先輩とは交流が続き、一緒に行った笹塚の三番館で見た、竹脇無我が青成瓢吉を演じ、田宮二郎が吉良常、香山美子がお袖、倍賞美津子がおとよ。

香山美子と賠償美津子が吉良の浜で、着物の裾をまくり、膝上まで海に入る最後のシーンの香山美子の白い太ももが妙に艶めかしかった記憶も今また、蘇ってきました。

その先輩も難病で若くして他界し、今思えば、自分の人生では数え切れないほどの大事な人、思い出の人、お世話になった方との別離があった思いが一層募ってきました。

今夜は夕食後は、昔の演歌を飲みながら、聞くことにします。

それにしても、五輪のライブが見た~いッ!